第27回 コンテンツビジネス研究会
「「生産する消費者」の素顔: 音楽消費実態調査より」
- ご講演者
- 東京大学大学院経済学研究科
博士課程
勝又 壮太郎氏
- 開催日時
- 2010年5月31日(月曜日) 19:00〜21:00
コンテンツ産業は、生産者を市場から獲得することで市場を拡大させ、その市場からまた次代の生産者を獲得する循環の上に成り立っている。しかしながら、その候補生である「生産する消費者」がどこにいて、何を考えながらどのような生活をしているのか、その実態は未知な部分が多い。本講演では、消費者を対象に行った2009年の音楽消費実態調査の結果を概観しながら、市中に潜む「生産する消費者」の姿をとらえる。
- 本稿は2010年5月31日開催のコンテンツビジネス研究会での報告を、宮本(所属)・平川(所属)が議事録にしたものを、当サイト掲載のため報告者の許可を得たうえで一小路武安(東京大学大学院経済学研究科)が整理したものである。
- 要約
- 生産する消費者という新しい消費者特性の尺度について、都内の大学生へのアンケート調査を行い、分析した。また、生産する消費者について仮説検証モデルを利用することで、リードユーザーとの区別を図り、生産する消費者の市場価値を検討した。
- 1. はじめに
- 今回の研究会では勝又壮太郎様にご講演頂いた。勝又様はマーケティングが専門であり、コンテンツに関して、音楽、CGMやwebサイトなどを対象にして研究している。今回の報告では消費者の音楽接触に関する調査(コンテンツ産業研究会websiteよりダウンロード可能)を基に生産者―消費者の二分法では捉えきれない「生産する消費者」について報告する。本調査は、有料・無料を区別しない音楽の接触手段と消費者特有の関係性を分析し、どのような消費者がどのような接触手段を好んでいるかを考察している。具体的手法としては、都内の大学生を対象にアンケート調査を行い、音楽への出費額、接触頻度の利用頻度などの質問をしている。
- 2. 調査概要と集計結果
- 2.1 概要
- 本調査では、音楽消費を「接触」としてとらえ、「購買」に限定していない。対象者の平均年齢は20.9歳、男女比は男子58.9%:女子41.1%であった。携帯音楽プレイヤーの所持率は89.5%であり、多くの学生が所持している。
- 2.2 利用額
- 購入手段別の年間利用額を調査したところ、ライブ・クラブ・コンサートへの利用額が全員の平均、利用者のみを集計した平均ともに最も高く、リアル(臨場感など)で音楽に接触するのが若者のスタイルとなっている。また、ダウンロード販売は大学生にはまだ浸透しておらず、いかに浸透させていくかがこれからの課題と言える。年間利用額から因子分析によって2タイプの利用形態を抽出すると、音楽というサービスのみを求め、音楽にお金をかけたがらない無形志向、CD、DVD購買によってパッケージを購入する有形志向に分けられた。
- 2.3 接触手段別利用頻度
- 接触手段とその利用実態を見てみると、消費者全体の約4分の1が毎日インターネット・動画サイトで音楽を視聴しており、週一回以上になると66.4%にも上る。時間のたくさんある大学生の多くがネットを通して音楽に接触しており、その媒体はニコニコ動画、YOUTUBEなどの無料動画投稿サイトによるものだと考えられる。また、利用頻度を因子分析にかけ3タイプの利用形態を抽出したところ、人や店から借りるレンタル派、パッケージングされたものを買う購買派、ネットをかいするDL派に分けられた。インターネット・動画サイトに関してはどのグループでも利用頻度は高く、音楽におけるネットの使用は浸透しているといえる。
- 2.4 ジャンル別利用頻度
- ジャンル別に聴取頻度を取ったところJ−POP、洋楽が多く聴かれている。また、J-POP以外の音楽を聴く頻度が高い消費者は、他のジャンルもまたがって聴く傾向があり、特に、洋楽を聴く消費者は全てのジャンルを聞くという結果が出た。自由回答では、アニメソングを挙げる回答が多かった。彼らは、アニメソングを、単なるJ-POPではなく別のジャンルであると認識しているといえる。大学生の意識としてアニメソングの台頭が見られた。
- 2.5 満足度
- 接触手段と満足度の関係ではライブと動画サイトで高い満足度が見られた。このことから、音楽は視覚の時代に入っており、その手段を使用し、いかに消費者に訴えかけるかがカギとなってきていると思われる。継続意向からも音楽が視覚の時代を迎えていることが分かり、TV、ライブ・クラブ・コンサート・動画サイトの視覚を使う接触手段は高く、ダウンロード購買は人気がない。音楽産業が提供するサービスに対するニーズが聴くのみから、聴く+見るに変わってきていることが分かる。
- 3. 考察
- 3.1 市場の方向性
- 消費の重心がCDからライブへ移っており、視覚という新しい要因が音楽市場に求められたニーズとして現れた。接触手段に関しても、質の高い音楽や映像が提供できるようになったインターネット・動画サイトが消費者の主な手段となった。また、アニメソングというジャンルが現れ、多くの消費者がアニメソングを聴いていると考えられる。しかし、次世代音楽消費形態の中核の一つと目されるダウンロード購買は、現時点では消費者の支持を得られていない。
- 3.2 消費者の特性とその価値:市場の達人と生産する消費者
- 本調査では消費者特性と接触手段との関係を分析し、どのような消費者がどのような接触手段を選択するのか考察した。消費者特性は8つに分けられる。市場の達人は利用金額においてほとんどの順位が一位であり、消費者として高価値である。市場の達人は、その特性として、音楽市場に対して豊富な知識を持ち、アーティスト・楽曲を他人に紹介することがあり、その知識を得るために多くの商品を買うことから推測される。それに対して、生産する消費者(本調査においては音楽活動を行っている消費者)は、消費に関して積極的でなく、広範なジャンルの曲を聴くが、利用金額・利用頻度では目立たないという結果となった。市場の達人と比べると音楽業界における生産する消費者は低価値の消費者である。しかし、多様な音楽のジャンルを聞き、ライブ・コンサートに通う彼らは音楽を生産側に回り、市場の拡大、存続に関わる重要な役割を担う可能性がある。
- 4. 生産する消費者とリードユーザー
- 市場で生産する消費者の特性について、バリューチェーンにおける下流の経済主体が上流の経済活動に貢献する「リードユーザー」という概念が先行研究から提示されている。リードユーザーは(1)大多数の消費者に先んじて、新しいニーズを経験しており、(2)大多数の消費者よりも相対的に高い効用を感じるユーザーとして定義されている。先行研究では、リードユーザーは生産する消費者である傾向が示唆されており、このリードユーザーと生産する消費者を仮説検証モデルで表すと以下の図のようになる。
- 推定の結果、関与(音楽に対する思い入れの深さ)が考慮されることでリードユーザーと生産する消費者の異質性が確認できた。また、関与が高い消費者はリードユーザーにも生産する消費者にもなり得る可能性がある。周囲からの評判は生産する消費者からは影響を与えず、リードユーザーとしての傾向のみに影響を与えている。このことから生産する消費者は音楽市場では社会的に無欲であり内向的であるといえる。
- 生産する消費者とリードユーザーは以前までのモデルにおいて同一視されていたが、今回の研究により、大学生の音楽市場においては異質であることがわかった。生産する消費者は音楽購買に関してお金を使わないため「消費市場」においては低価値である一方、リードユーザーは積極的に購買に参加するため高価値と言える。しかし、将来的に見れば、生産する消費者は音楽市場での生産者候補であり、市場の拡大、発展を担っているため企業が彼らを消費者として軽視するのは望ましくない。
- 5. 質疑応答
- Q1. アンケート調査で都内5大学と表記されていたが、その大学に音楽学校、理系大学は含まれていないのか?
A1. 全て社会科学系であり、美術、音楽、理系大学は含まれていない。
Q2. 違法DLについての考察、調査はしたか?
A2. 違法DLについては具体的に言及したわけではないが、これからの調査でアンケートなどに質問項目を増やしていきたい。
Q3. 生産する消費者について、何を音楽活動としているのか?
A3. (1) 自ら音楽を生産し、金銭を得ている。(2) 生産し、公開している(金銭的な対価は受け取っているかは問わない)。(3) 生産している(公開は問わない)。 以上のような性質を持っていることを、生産する消費者であると定義している。
Q4. 生産する消費者=アーティストか?
A4. 大学生でもアーティストとして活動していれば含まれる。
Q5. アンケートにおいて生産する消費者に振り分ける具体的な項目は何か?
A5. 音楽を生産し、(1) 収入を得ているか。(2) 人前で演奏したことがあるか。(3) インターネット、動画サイトに投稿したことがあるか。(4) 個人で楽器を演奏しているのか。(5) 作詞作曲はしているか、の5項目であり、(4)、(5)においては公開、非公開は問わない。
Q6. 生産する消費者は仮説検証モデルにおいて評判が関わらないとされたが、現実において評判は動機として十分な要因をもたらすのでは?
A6. 研究者自身もその問題について疑問を持っており、これからの調査で検証していきたいと考えている。
Q7. スタートが大学生なだけでおり、将来的に評価が生産する消費者の動機となることはあるか?
A7. 動機が変わっていく可能性はある。
Q8. 生産する消費者は本当に次の市場を作っていけるのか?アンケートは自己申告レベルにあるので生産の定義とずれが生じている可能性があるのではないか?
A8. アンケートにおいてずれは生じていると考察される。これからの調査で明らかにしていく。
Q9. この生産する消費者は「一般論」なのか?それともどこかに固有の現象なのでしょうか?
A9. 今回は大学生をもとに行ったが、一般論としていきたい。
Q10. この研究に至った一番の動機は何か?
A10. 他の業界を見ていくとリードユーザーと生産する消費者は同一であるという事例が多い。しかし、業界によって違いがあるのではないかという疑問から、研究をはじめた。
Q11. セミプロなどを抽出してしまった可能性は?
A11. 大学生で社会科学系の学部なので、代表性が保証できるかは分からない。しかし、生産の度合いも頻度に応じて連続的なスコアを与えているので、特に問題はないと考えている。
- 6. ディスカッション
- 6.1 生産する消費者
- 社会的に無欲で内向的な「生産する消費者」はなぜ生産をするのか?これについて、いくつかの仮説を提示する。この仮説について皆様のご意見を伺いたい。
仮説1 コミュニケーションツールとしての生産
(作品を媒介として生じるコミュニケーションそのものが目的となっている。)
仮説2 知的好奇心過剰型
(作品を作り上げることそのものに喜びを見いだす。)
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質問:コミュニケーションを取りたいという仮説があるが、どういう意味なのか?
勝又:コミュニティでのコミュニケーションとしてのツールである。
コメント:生産する消費者は2〜3人しか知らないが、仮説はあっているように思う。特にマンガについては、漫画家が最も多くマンガを読んでいる。ただ、評判のみが原動力となっているかは個人的には微妙だと思っている。アマチュアでも、コミックマーケットで自分の本を出せるかどうかで、ステータスになっていく。
コメント:コミュニケーションツールとしての生産物というのはわからないが、評判は明らかに生産動機につながるだろうと考えており、今回の結果は予想に反している。
勝又:評判を気にすれば気にするほど生産活動をするという結果は出てこなかった。
コメント:評判を気にせずに作り始め、途中で評判を気にしながら作る。そして、その時には大学生ではなくなっている。ということがありうるのではないだろうか?
勝又:そのとおりで、生産者としてのフェーズがあがるにしたがって、評判を気にするように心的状況が変化する可能性があるだろう。
コメント:ゲーム会社の事例であるが、とある方が、年齢が上がっていくに従って、「作りたいものを作る」から「評判を気にする」へと変化していったということを聞いたことがある。そういう部分も面白いと思う。
コメント:イノベーション論だと、市場とも関係がある。ざっくり音楽だとすると、最初は作りたいように作っているのだが、ファンが出来るとともに、ファンにあわせて作る。ということが起こるのではないだろうか?
コメント:音楽のサイクルとして、きっかけと、強化していくという二つの動機があるという現象があるのではないだろうか?マズローの欲求段階説のようなものがあるのではないだろうか?そのサイクルでいうと、非常に高いレベルなのではないだろうか?
コメント:ビジネスのフェーズなのか、趣味のフェーズなのかで明確に線が引けると思えるのだが、「生産する消費者」というくくりは二つの異なる特性を持つものを混ぜてしまっているのではないだろうか?
勝又:この業界は、ある日突然プロになるのではなく、徐々にプロ化していく業界である。好きなものを作っていたはずなのに、そのうちお金のために作っていくというように動機が変化するという側面はある。それを段階的に気にする必要があるのではないだろうか?この部分を研究することなしに、コンテンツ産業を維持していくことは難しいのではないだろうか。
- 6.2 リードユーザー
- リードユーザーが生産する消費者と一致しない原因について仮説を提示する。
仮説 幅広い選択肢をすでに有しているために新たにイノベーションを起こす必要がない。
- 質問:息子を見ていると、リードユーザーと生産する消費者は同質なのではないだろうか?リードユーザーと生産する消費者を分けてマーケティング戦略を考えるべきということか?
勝又:その通りである。